その他
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森さんちに、おじゃましました “北欧” 経由、暮らしを楽しむ「これでいいんだ!」のアイデアvol.23
プロフィール
部屋を心地よくする理由
今回は私の敬愛する女性について書きたいと思います。スウェーデンの思想家エレン・ケイは、19世紀から20世紀にかけて暮らしが変わっていく激動の時代に教育者として、また活動家として意見を発言してきました。日本では子どもの権利や女性の生き方に関する書籍で知られているのですが、じつは住まいについての興味深い考察も残しています。
ケイが残した『住まいの美』という論文には、いまでいう雑誌のハウツー的な、趣味のよい部屋を作るための具体的なノウハウがたくさん記されています。たとえば、センスに自信のないうちはできるだけ天然素材の家具を選ぶこと。色を組み合わせる時は青と黄色、赤と紺などの補色にするか、もしくは同色のグラデーションを選ぶこと……この論文が書かれたのは1880年ですが、いま読んでも参考になる具体的なアドバイスが一世紀以上も前に書かれていたことに驚きます。

そしてやはり北欧の人だからでしょうか、暗い色の壁紙や家具、また意味のない装飾には手厳しく「そうしたものには、病気や借金同様に気をつけること」と、思わず苦笑してしまう辛口ぶりでバッサバッサと切り捨てています。花瓶は花こそが主役なのだから装飾はいらない、絵や写真を飾るなら壁紙は無地にすべし、美術館と個人の家は違うのだから過度な壁画や装飾は不要……など時に耳が痛くなるようなアドバイスも多く、自分の部屋を見回して、もうちょっと引き算しなきゃと思うこともしばしば。部屋と向き合う時には、いつも心にエレン・ケイ、なのです。
ケイが強調していたのは、美は贅沢とは違う、ということ。お金がなくても、都会に暮らしていなくても、美をみつける目を養いさえすれば誰にでも美しい暮らしができること。そして手厳しいことを言いつつも、最終的には自分の好きなもの、見たいものを飾るべし、だってあなたの家なのだから、とも綴っています。そのためにも自分のための美を発見する目を養うのが大切なのだ、と。

花を飾ることや、本棚を設えることの大切さを強調し、美術館に行けなくても自然のなかや日常からも美を見つけることができる、光の差し込む明るい部屋は身も心も健康にすると説いたケイ。そうした彼女の考えはその後、劇的に変化していく北欧のデザインや住まいのひとつの道標となりました。実際に北欧の部屋を訪ねてきて、ケイの思想が形となって現れていることに感心します。「北欧の部屋って、そうだよなあ」と。

ケイに惹かれるもうひとつの理由は、彼女が「より美しく暮らすことは、より良い社会を作ることにつながる」と考えていたことです。私は仕事柄、インテリアやデザインについて考えることが多いのですが、今のような時代に家や部屋をよくするなんてことばかり考えていていいのだろうかと思うこともあります。社会情勢や政治など不安なことも多い時代にあって「部屋をよくしよう」なんて言うのは贅沢なことでは?もっと優先させるべきことがあるんじゃないか?と。
快適に過ごせる住まいを誰もが持てれば、結果的に社会を落ち着かせることにつながる。美しいものを見つける目を一人ひとりが養ってそれを社会が共有すれば、貧困や犯罪といった社会を醜くするものを排除していこうという心構えにつながる。こうしたケイの考え方は、きれいごとすぎるでしょうか?

私の場合は、自分の住まいと向き合って、住みたいかたちへ近づけることで、家の外へ、自分の外へと意識が向かっていく感覚がありました。寄付をしたり、考えを言葉にしたり、問題をより理解するために本を読んだりと小さなことですが、時間やお金を使うことが増えました。それ以前にも問題意識はあったつもりですが、自分の外への意識の配分が変わった感じです。以前は目の前に片付かないものが山積みになっていたから、何か違うと思って暮らしていたから、だからあまり周りを見る余裕がなかったのだろうか?と、ケイの言葉を読みながら思うのです。遠回りかもしれないけれど、ケイの思想はやっぱり私にとっての道標なのです。
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美をみつける目を養うお手伝い