人が人を想う気持ちに気づいて、大切にできる売場にしたい

仏事コーディネーター江原万貴

厨子屋 松屋銀座店 店長。飲食業、呉服・和装小物の販売を経て、厨子屋に入社。
趣味は植物を育てることと、華道。売場に飾る花も自身で活けている。

人が人を想う気持ちに気づいて、大切にできる売場にしたい

松屋銀座の7階、ライフスタイルやリビング用品などを扱うフロアの一角にある厨子屋では、自社製品をはじめとした仏具や、「厨子」を取り扱っています。売場で店長として働く江原さんに、「仏事コーディネーター」の役割や「厨子」について伺いました。

目次

「仏事コーディネーター」は宗派の違いや仏教の歴史まで学ぶ仏事のプロ

――仏事コーディネーターという資格があることを初めて知ったのですが、どのような資格なのでしょうか。

江原:仏事コーディネーターは、2004年からスタートした仏事を扱う民間資格です。核家族化が進んで、お寺や地域との関りが薄らいできた現代では、亡くなった方のご供養や仏事について、よくわからないという方が増えてきています。また、仏教と一口に言っても、様々な宗派や地域性があります。そこで、仏教や仏壇・仏具、お盆・お彼岸などの行事に関する知識を有することで、ご相談に来られたお客様に適切なアドバイスができることを目的とした資格制度なんです。

――確かに、仏壇や仏具について、売場で相談ができる方がいると安心です。どのようなきっかけで資格を取得されたのですか?

江原:私は上司にすすめられて、2023年に取得しました。私が働く「厨子屋」の母体は仏壇や位牌を製造しているメーカーなので、自社で作っている商品を正しくお客様にお届けするために必要性を感じたことも、理由の一つです。

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――取得には、どのような勉強が必要になるのでしょうか。

江原:900ページを超える分厚いテキストを使って勉強するのですが、試験ではそこからたった75問しか出題されないんです。宗派ごとに決まりごとが違う場合もあるので、その細かな違いについても勉強しました。膨大な仏教の歴史についても学ばなければいけないので、それも苦労しましたね。読み物としては非常に面白いテキストなのですが、それを自分のものにするのは想像以上に難しいことでした。

――資格を取得したことで、業務にあたる上で何か変化はありましたか?

江原:接客する際に自信がつきました。お客様には年配の方も多いので、若輩者の私がご説明する際には、どうしても説得力に欠ける部分があったんです。でも、しっかりとした知識を得たことで、お客様が求める答えにいち早く辿りつくことができるようになり、自信を持ってご説明できるようになりました。

 

仏像から推し活グッズまで保管できる厨子とは?

――そもそも厨子屋で扱っている「厨子」とは、どういう意味なのでしょうか。

江原:確かにあまり馴染みのない言葉ですよね。私も入社するまで厨子とは何なのか、はっきりと認識していませんでした。最初は、食物を保管しておく棚などを、「厨子棚」と呼んでいました。そこに心の支えになる経典や仏像などを納めるという仏教の要素が加わって、次第に仏壇へと派生していったのだそうです。

――厨子と仏壇の違いはどういう点にあるのですか?

江原:わかりやすく言うと、仏壇は家に一つ、厨子は家に住む人それぞれに一つ、という違いがあります。仏壇は、宗派が大切にする御本尊をお祀りする、もしくは亡くなられた故人様を供養する場として使われるものです。

一方で厨子は、持ち主が大切に思うものを納める入れ物です。それが故人様の形見の品でも、大好きなアーティストのグッズでも構わないんです。ですから、宗教に関わらず、厨子を心の拠り所にしていただけたらと思っています。

――厨子を推し活に使っても構わないんですね。そう言われると、ぐっと身近に感じます。厨子屋を訪れるお客様は、どのようなご要望を持った方が多いのですか?

江原:やはり、小さい仏壇が欲しいという方が一番多い印象です。あとは、持っている仏像を納めるものが欲しいという方もいらっしゃいます。ご自宅の建て替えや引越しをきっかけに、「昔ながらの大きな仏壇がお家に入りきらないし、内装やインテリアに合わないから洋間にあう仏壇が欲しい」とおっしゃる若い世代のお客様も増えてきているんですよ。

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――客層や要望が変化してきているんですね。業務の中で、どういうときにやりがいを感じますか?

江原:仏壇をお求めになるお客様が多い中で、厨子についてもご説明する機会が多いのですが、供養に限らず、自分の気持ちを整えるために持っていていいものなのだとお客様にわかっていただけたときは、とても嬉しいですね。売場には厨子だけではなく、生活の中にあることで、ちょっと元気が出たり気持ちが晴れたりするような商品も多くご用意しているので、来るとほっとできる売場になるように心がけています。

――ほっとする売場にするために、接客中に意識していることはありますか?

江原:自分を作り過ぎないようにしています。素に近い自分でいることで、お客様の雰囲気に合わせた自然な対応ができると思うんです。お客様によっては、笑い合いながら楽しく接客することもありますし、そっと寄り添う形で静かに接客することもあります。

――接し方を変えるかどうか、どう判断されているのですか?

江原:すぐには自分から声をかけずに、何をご覧になっているのか、お客様の目線をよく見るようにしています。それから、最初に声をかけたときの反応を見て、その方に合わせた接客をするようにしています。「いらっしゃいませ」よりも「ごゆっくりご覧ください」という声かけを多く使うなど、言葉選びにも気をつけていますね。

――お客様と接する中で、印象に残っていることはありますか?

江原:お客様のご自宅までご注文いただいた厨子をお届けすることもあり、やはり実際にお使いになる様子を拝見すると、お客様はきっとこれからここで手を合わせていかれるのだなと感じて感慨深いです。ご自宅に伺わない場合も、厨子のあるお部屋の写真をわざわざ見せに来てくださるお客様もいらして、とても感激しました。

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宗教に関係なく、誰かを想い願う気持ちを大切にできる売場にしたい

――厨子屋で働くようになったり、仏事コーディネーターの資格を取得したりしたことで、生活上での変化は何かありましたか?

江原:実家の仏壇を気にかけるようになりました。それまでは帰省しても、特に仏壇に手を合わせることはしていませんでした。でも、この仕事を始めてから、帰ったらきちんとご挨拶するようになりました。きっとご先祖様も「急にどうした!?」と思っているんじゃないでしょうか(笑)。

また、私の自宅には仏壇はないものの、玄関におりんを飾るようになりました。というのも、あるお客様は玄関におりんを置いていて、出かける時に必ず鳴らすと仰っていました。慌ただしく家を出るのではなく、おりんの音色でいったん心を整えるという習慣ってとても素敵ですよね。実際、おりんの音色を聞くとなんだかほっとするんです。

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――それは毎日の生活にもいい影響がありそうですね。

江原:そうなんです。あと、仏事ではないのですが、植物を愛でるのも好きで、今は夏みかんの種を鉢に植えて育てています。ちょっとした成長を日々見守れて嬉しいですし、心が落ち着くんです。植物好きが高じて、1年ぐらい前から華道も習い始めました。

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江原さんが大切に育てている、夏みかんの木

――華道ですか。それはまた本格的ですね。

江原:松屋銀座で働き始めたときに知り合った方が、華道のお稽古をしてらっしゃると聞いて習い始めたんです。華道を始めてから、売場のお花も活けるようになりました。植物が好き過ぎてついつい長く育てたくなってしまうので、年末に購入した葉牡丹も2カ月近く売場で愛でています。その葉牡丹は、そろそろ売場のクルーの家で鉢植えになる予定なんですよ。

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――売場のあたたかい雰囲気が伝わってくるお話ですね、最後にお仕事でのこれからの展望をお聞かせいただけますか。

江原:仏事で言う「祈り」を聞くと、格式の高さを感じられる方も多いと思うので、私はいつも「想う」「願う」という言葉を使っています。

例えば、ふと友人の顔が浮かんで、「最近はどうしているかな。元気かな」と思うことがありますよね。そんなふうに宗教に関係なく、誰かを「想う」「願う」ことはとても豊かなことだと思うんです。

そういう人が人を想う気持ちを大切にして、気がつけるような売場にしていきたいと思っています。仏事に関わらずこんなことを聞いてもいいのかなと思うようなことでも、お気軽にご相談いただけたら嬉しいですね。

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