煌めく「ねぶた」に願いを込めて。松屋銀座のクリスマス

街に喧騒と華やぎが戻りつつある、2021年のクリスマス。
明るい未来への願いを込めて、今年は「青森のねぶた」が松屋銀座を彩ります。
グラフィックデザイナー、佐藤卓さんが描くクリスマスの世界を躍動感溢れるねぶた作品に仕上げたのは女性初のねぶた師、北村麻子さん。
ご自身の中では過去最大規模の制作点数だったという、今回のプロジェクト、
その原動力について北村さんにお話を伺いました。

多幸感が溢れた正面入口のウインドウ。
力強くも優しい眼差しのサンタクロースがお出迎えしてくれる。

今回で7回目を迎える、松屋銀座が取り組む地方創生へのプロジェクト。日本各地で育まれた文化やものづくりの環境を絶やすことなく、新たな発展へと繋げることを使命に、これまでも徳島県の藍染、高知県の組子、福井県のリボンをはじめとする数々のプロジェクトを推進してきました。ブランドデザイン部BD推進課課長柴田さんによると、「青森のねぶた」は兼ねてから大切に温めていた構想だったと言います。

「昨今の影響で青森のねぶた祭が中止を余儀なくされている状況を知り、ねぶた自体が持つパワーや禍を流すという所以からも、いまこそやるべきだと思い、注目していた北村さんにオファーしました」

青森県が誇る夏の風物詩「青森ねぶた祭」は古くは奈良時代に中国から伝わった「七夕祭り」の灯籠流しから発展したものと言われています。7月7日の夜、海や川に灯籠を流すことで無病息災を祈り、穢れを払う禊の行事は、古来津軽で行われていた精霊や人形送りなどの慣わしと一体となり、農作業の眠気を払う「眠り流し」へと変遷を経て、日本各地の祭りの中でも屈指の祭典へと発展しました。

松屋銀座の広い吹き抜けの空間に現れた、ソリに乗ったサンタクロースとトナカイたち。
エスカレーターを利用すると各階ごとに迫力あるそれぞれの作品をじっくり見ることができます。

1980年に国の重要無形民俗文化財に指定されている「青森のねぶた」は、神話や歴史上の武者を題材に、骨組みに1枚1枚の紙を手作業で貼り合わせ、色付けをして完成される大作。
現在ねぶた師と呼ばれる職人たちはおよそ14名と言われ、「青森ねぶた祭」のために制作する作品は、1年間で1人あたりたったの1台。構想から完成まで、その年の全てを費やし、精魂を込めて生み出されているのです。
「青森ねぶた祭」の知名度に対しねぶたの作り手はそう多くはおらず、特殊な環境のなか、6代目ねぶた名人の北村隆さんを父に持つ麻子さんにとって、ねぶたは幼い頃から生活の一部でした。事務や販売職の経験をしていた2007年、父が制作した「聖人聖徳太子」（その年の大賞受賞作品）に感銘を受け、翌年にその足を踏み入れたと言います。男性社会が根付くねぶた界で、史上初の女性ねぶた師としてデビューしたのは、それから4年後の2012年のこと。そのデビュー作「琢鹿（たくろく）の戦い」は優秀制作者賞を受賞し、一気に注目される存在になりました。以降、数々の賞を受賞しながら、ねぶた文化を継承し次世代へと繋げていくために日々活動されています。

「ねぶた師としてデビューした最初の3年間は、祭が終わると10日間くらい寝込んでしまうほど、精魂尽き果てていましたね。無我夢中で必死だったのだと思います。コロナ禍の影響でその祭が中止になってしまっているという、ねぶた師にとって厳しい状況下に松屋銀座さんからこのようなオファーをいただいたことは、率直に言ってすごく嬉しかったし、光栄なことだと思いました。もともとこの世界に入ったきっかけは、先人から受け継がれてきたねぶたの文化を絶やしてはならないという想いからでしたが、ただ受け継ぐだけではなく、新しい感覚のデザインや造形、技法を取り入れた創作をずっとしてみたいと思っていたんです。佐藤卓さんという高名なグラフィックデザイナーの作品を作らせていただけることも、やっと念願が叶った！とスタッフ達とも喜びあいました」

このプロジェクトのために佐藤卓さんがデザインしたのは、クリスマスにちなんだ大きな袋をもったサンタクロースやトナカイなど、北村さんにとって普段のねぶた制作とは全く異なる現代的なモチーフたち。大きいものは3mを超え、制作はかつてない規模の総数35点にも及びました。
ねぶた制作は、まず下絵と呼ばれる平面のイラストから立体に起こすための設計図を作ります。通常のねぶたは底面を台車に載せるため、180度の造形で制作されますが、今回は松屋銀座の吹き抜けスペースやショーウィンドウに吊るすことから、360度の立体物として制作するという初の試みになりました。

「私たちねぶた師は、平面の下絵を縦と横の線で把握して、側面や裏面は想像のみで立体化させていきます。そこはいつもと変わらない工程なのですが、今回のようにトナカイの動物一頭をまるごと制作するということは、誰がどの角度から見ても、その造形や質感を成立させる必要があるので、この点は非常に気を使いました。でも、これも願っていた新しい経験なので、とても勉強になりましたし、楽しい作業でもありました」

北村さんの作品を見学していた佐藤さんは、平面の下絵と設計図のみで一発本番で精巧な立体物に仕上げる北村さんの構成力をある意味尋常じゃない、特殊能力の持ち主だと舌を巻いていたそうです。
下地となるワイヤーを1本1本糸で結び、骨組みを形作ったのち、内部の電飾のための配線が行われ、骨組みに和紙を貼り合わせる「紙貼り」と呼ばれる作業が始まります。紙と紙のつなぎ目はおよそ5mm。女性を中心に15名ほどのスタッフで繊細に取り組んでいきます。それが終わると、北村さんとおよそ3名のスタッフが色付けを行い、いよいよ完成へと向かいます。

和紙で貼り合わされた、下書きのない真っ白なねぶたに、真剣な眼差しで絵筆を動かし始めた北村さん。失敗が許されない、一発本番の色付けが1番緊張するといいながらも、その筆の流れには全く迷いが感じられません。それは下絵の段階から最後の色付けの直前まで、どういった色合いやグラデーションにしたらより綺麗に、華やかになるか。ねぶたを見てくれるたくさんの人に、はっと驚いたり、笑顔になってもらいたい。そんな姿を想像しながら熟考を重ねたからこそ。大トリの作業は精魂を込め、続いていきます。

ねぶた制作の期間中は深夜にまで作業が及ぶこともあるハードな仕事。いまだ男性社会のねぶた界において、女性という性別を持ちながら研鑽を積み上げてきた今、その垣根はあまり意識していないそうですが、その原動力には母として、小さなお子さまの存在があったと話してくれました。

「ねぶたは作り始めてしまえば、特に男女の性別の差はないのかなと思っているのですが、最初の頃は父がねぶた師だったこともあり、私が珍しく女性だということで、受け入れられなかった部分もあったかも知れません。でも、一生懸命、真摯にねぶたと向き合い、取り組むことだけに集中しました。今もそう思い続けてやっています。
それよりも私にはまだ小さな娘がいるのですが、ねぶた制作に入るとどうしても娘との時間が少なくなってしまう。そこがずっと悩みでもありました。でも、ある時、不意に娘が「お母さんのお仕事がねぶた師で良かった」って言ってくれたんです。ああ、これで良かったのかな、と初めて思えた瞬間でした。私が幼い頃、父の背中を見て誇らしかったように子供たちにもそう思って貰えたら、こんな嬉しいことはないですね」

創作活動において、発想力が重要とコロナ禍になる前は新しい場所や環境へ足繁く赴き、モノをみて感じることを意識していたと言います。それがなかなかできなくなってしまったこの数年、インスピレーションの源は自宅で育てている花々だったと教えてくれました。
「昔からガーデニングが趣味で、お花が本当に好きなんです。花の色や葉脈、グラデーション。季節やお花の咲き具合によって、いろんな形状や表情をみせてくれますよね。本当に自分が美しいと感動したものでなければ、他の人の心を動かすことはできない。私にとって花を育てることは、はっと心を動かされる美しさに気づくことができ、心地よさがあるので、とても大切にしています」

見に来てくださるたくさんの人々に、少しでも幸せな気分を感じて貰えるようにと魂が込められたねぶた達、総数35点は大掛かりな展示作業を経て、松屋銀座の店内に飾られました。その様子を夜通し見届けた北村さんは、改めて今回のプロジェクトに携わった多くの人々に感謝の気持ちで胸がいっぱいだと話してくれました。今後もねぶたの伝統を継承し、さまざまな出会いと新たな挑戦を続けながら、いつの日か海外での作品作りや紹介をすることが目標だと言います。青森県のねぶたと北村さんの更なる飛躍を願いつつ、これからも続く、明るい未来へと希望を込めて。松屋銀座の地方創生プロジェクトはこれからも続いていきます。

北村麻子（きたむらあさこ）
1982年10月生まれ、ねぶた師史上初の女性ねぶた師。
父親であり、数々の功績を残すねぶた師の第一人者である六代目ねぶた名人の北村隆に師事。
2007年、父親の制作した大型ねぶた「聖人聖徳太子（ねぶた大賞受賞）」に感銘を受け、ねぶた師を志す。
デビュー作「琢鹿（たくろく）の戦い」が優秀制作者賞を受賞したことで注目され、
その後、ねぶた大賞を初め、最優秀制作者賞など数々の賞を受賞。青森ねぶたの牽引役となっている。

北村さん監修のねぶた制作キットも販売中！

ご自宅でねぶた面の制作をお楽しみいただけます。
制作に必要な材料の他、実際のねぶたでも使用される墨・ポスターカラー・染料が入っています。

所要時間：約6時間
ねぶた面制作オールマイティーキット　5,500円（税込）
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出典：（公社）青森観光コンベンション協会「青森ねぶた祭オフィシャルサイト」
〈https://www.nebuta.jp/〉

※画像はイメージです。