続けることと、新たに取り入れること。違いは、どちらもできる柔軟性 毛織物界で伝統をつなぐ 時代の先駆者たち
一軒目に伺ったのは、岐阜県羽島市にある三星毛糸(みつぼしけいと)。1887年、和服に使われる綿と絹の織物を艶やかにする艶付け業をルーツに、長い歴史をもつ企業である。今年、40歳になったばかりという代表取締役社長の岩田真吾氏との対談が始まった。
木村氏
「御社は、長い歴史を大切にしながらも新しい取り組みに挑戦されていますよね。そのひとつ、今年10月30、31日に開催される『ひつじサミット尾州』は、まだ立ち上げられたばかりなのにたくさんの企業が参加されると聞いて驚きました」
岩田氏
「昨年末に同業者3人で話していたことが、協力企業まで合わせると約70社という規模になりました。プレ開催を6月6日羊の日に行ったところ3,000人の方が来てくださって。つくる人と使う人、双方が出会う場を求めていると実感しましたね」
木村氏
「紳士服を担当する者として、毛織物界のみなさんが今の状況をどう乗り越えていかれるかずっと注目しています。もちろん人ごとではなく、我々百貨店も同じ苦境に立たされている身です。そんななかで多くの企業や人とのつながりをあらためて見直す、結んでいく岩田さんの行動力、心からすごいな、と感じました」
岩田氏
「でも、僕はもともと産地にありがちな“馴れ合い”みたいな関係が苦手だったんですよ。親の代から入っているいくつもの組合とか、ライバルなんだけどうまくバランスを取らなくてはならない空気感とか。だから、自社をきっちりと高めていくことだけを真剣に考えていたんです。でも2020年、急にこの状況を経験することになり……、どこかでスイッチがパチンと入れ替わったのを感じました」
木村氏
「どの業界でも、跡継ぎの方はご自身の立場と時代の流れとの間でさまざまに考えを巡らせていますよね。岩田さんのなかで入れ替わったというスイッチは、どんなものだったのですか?」
岩田氏
「糸屋さん、染屋さんなど、業界みんなで同じ方向を向けないかな、と。苦手意識のあった“馴れ合い”ではなく、“業界でタッグを組む”という捉え方ができるようになったのです。具体的なことを考えたら……、やっぱり主役は羊でしょう(笑)。弊社の庭にもいますが、羊ってすごいんですよ。世界最古の家畜ではないかとも言われており、雑草を食べてくれるし、毛も、肉も人の役に立つ。毛は最終的に肥料にもなるため、この新しい時代にもかなりフィットした生きものと言えますね」
木村氏
「敷地内にはリアルの羊から銅像、キュートなオブジェまで、羊への愛がものすごく伝わります。御社を見学したいというお客様のご対応もされているんですよね」
岩田氏
「そうです、社内には毛織物の歴史やサンプル生地をそろえ、庭には羊、そして尾州の織物の風合いを決める軟らかい水。産地の良さを、お客様に実際に体感していただきたくて造りました。ゆくゆくはキャンプなどができるような施設になるといいな、なんて考えているんです」
木村氏
「織物業からキャンプ! その発想が面白いですね。あと、食堂を改築して織機を入れた場所があると耳にしましたが、それはどんなお考えから実現したことですか?」
岩田氏
「廃業する会社の織機を引き受けたい、ということからです。毛織物業も高齢化が進み、使い手が亡くなって工場をたたまれる方が増えているのですが、職人と人生をともにしてきた織機はとても貴重で、会社の歴史そのもの。業界“みんなで”がんばるという想いから弊社で引き受けて、自社商品や小ロットのオーダー用としてここで活躍してもらっています」
木村氏
「洋服にはいろいろありますが、とくにスーツは生地の風合いからも質の違いが明確に伝わるもの。職業柄、どんなスーツを、どんなふうに着こなしていらっしゃるかでその人の人間性や考え方まで想像してしまいます。御社のようなものづくりの姿勢を含め、“いいものを選んで着こなす”。そんな男性が増えて欲しいと思いますね。私も管理職という立場になり、商品の価値をしっかりお伝えしていかないと、と身が引き締まります」
岩田氏
「松屋さんを“最高だな”って感じるのは、格式があって古い企業なのに、木村さんみたいな方を性別関係なくきちんと昇格させているところです。僕は“跡継ぎ”として当然のように育てられてきましたが、大学から東京へ出て商社やコンサル会社で働いてやっと、その自覚と自分なりのやりがいを見つけられたと思うんです。ファッションってダイバーシティー&インクルージョンが前提にないと楽しめないものだと考えていますが、格式のある企業はこの新しい流れを本当のところでは取り入れられないでいる。でも、松屋さんは口だけでなく実際に行動に移されている。それだけでも僕は断然好きですね(笑)」
木村氏
「ありがとうございます。日本にはこんなにも素晴らしい産地があるのに、近すぎてなのか、昔は当たり前のことすぎたのか、見逃してしまっている方が少なからずいらっしゃいます。今はどの業界も厳しい局面ですが、たくさんの企業さんとつながりのある我々百貨店こそ一歩を踏み出さなくてはなりません。毛織物界の新しい流れを松屋として発信することも、その一歩だと考えています」
岩田氏
「こちらこそ、とても光栄です。僕も三星毛糸に入社し、すべてを俯瞰(ふかん)で見て“この会社は残す価値があるのか”をまず考えました。それを試す一歩として渡欧し、世界の名だたるトップブランドに認めていただきました。自社ブランドとして『MITSUBOSHI1887』を立ち上げ、あらためて日本製のよさ、自社の強みである“素材のよさを引き出す力”をお客様に伝えていくつもりです」
「ものづくりへの共感がある場所に、自社ブランドを置いてもらいたい」。 松屋銀座との関係は、そんな岩田氏の想いから着実に濃いものとなっている。
二軒目に伺ったのは愛知県一宮市に工場を構える葛利毛織工業(くずりけおりこうぎょう)。重厚な門構えから長い歴史を感じる建物は、有形文化財に登録されている。我々が到着すると、専務取締役の葛谷聰氏が工場をぐるりと一周しながら、毛織物ができるまでの工程をいちから解説してくれた。
木村氏
「私がまだ若手だった頃から、御社のお名前はよく耳にしていました。“日本製のなかでも指折りの生地といったら!”と、さまざまなアパレルメーカーがお名前を挙げる企業。ただ、私は憧れているばかりで直接ご挨拶するのはこれが初めて。“背景があるものを着たい”というお客様が増えるなか、素晴らしい生地を生み出されている御社とご一緒できる環境を増やしたいと考えているのです」
葛谷氏
「嬉しいお言葉をありがとうございます。でも、実は若い頃の僕はこの会社に、繊維業になんて絶対に関わりたくないと思っていたんです。業界の衰退をずっと見ていたので……。もっと言うと働くことに意味を見いだせないでいました。学生時代は友人に誘われてボクシングのプロテストを受けたり、山にこもろうと思ってスノーボードを始めたり。全力で逃げようとしましたがアパレル会社に就職することになってしまいました……。そして数年後、結局ここに。ただ、入ってみると“衰退”の二文字しか見えなかった工場が“いいものを丁寧につくっている”と、国内で高い評価を得ていた。海外トップブランドのバイヤーからは“ヨーロッパでは、もう目にすることがほとんどできない手法だ”と称賛される場所だったのです」
木村氏
「日本の織物はイギリスから学んだ部分が多いのに、本場イギリスではその手法が衰退し、たとえば大量生産のようなものに取って替わってしまった、ということですね」
葛谷氏
「そうなんです。もう時代遅れだと思っていた工場が、大事なものなんだと気づいた。2012年で創業100年だったので、あと100年続けてみよう、と。さて、どうつないでいこうか……、と考えていたところ、若いメンバーが集まるようになったんです」
木村氏
「会社を継ぐことから逃げていた葛谷さんが、続けることを決めた途端、状況が変わったわけですね。たしかに、工場内には若い方が多くいらっしゃいましたね。しかも、なんだか楽しそうに働いていたのが印象的でした」
葛谷氏
「求人していないのに集まった人ばかりで、みんなそれぞれにやりたいことを秘めていて興味深いですよ。ブランドから無茶なオーダーがあっても、それを上回るような新しい生地を開発したり、200年も前の生地の再現を小さなハギレから挑戦したり」
木村氏
「すごい、みなさん研究員のようですね。生地ができ上がるまでにはさまざまな工程があると思いますが、みなさんどの工程も熟知されているんですか?」
葛谷氏
「みんなにはできるだけ全工程を経験してもらっています。ひとつの生地を仕上げるためには、設計から始まって3~4カ月はかかります。経糸を1本1本綜絖(そうこう)という機具に通す作業も平均6,000本あり、これだけでも3日間かかります」
木村氏
「ガチャン、ガチャンと織機が生地を織っている音を聞くまでの期間、つまり下準備にすごく時間がかかるんですね」
葛谷氏
「はい、織り上がった生地は、検反といって糸切れなどの不具合がないか入念にチェックします。この精度の高さも尾州クオリティーとして世界中から評価をいただいている点でしょう。結果として、織り始めてから1反(約50m)分の作業が完了するのに1週間ほどかかるというわけです」
木村氏
「そういえば、先ほど高齢の男性も作業されていましたね。あの方も昔からの職人さんですか?」
葛谷氏
「彼は家族で工場を経営されていて、外注先だった方です。奥様の引退したいという意志をきっかけに工場をたたまれるというので……、86歳ですがまだまだお元気ですし、高い技術をなくしてしまうのはもったいなくてうちに来てもらっているんです。彼が若い職人たちの支えにもなってくれていて、とても助かっているんですよ」
木村氏
「放っておけば絶えてしまうかもしれない貴重な技術を持った職人を大切にしながら、若い方たちの育成もする。そして伝統を守りながらも新しい生地づくりにトライする。まさに今の時代にフィットした企業ですね。立ち並ぶこの織機たちにも、圧倒されます」
葛谷氏
「同じ織機を使っている外注さんが何軒かありましたが非常に高齢化が進んでしまい……、今でも残っている工場にはうちの若い職人を派遣することもあります。少しでも衰退の速度を緩やかにできるんじゃないかと思って」
木村氏
「でも、自社で大切に育てた若者が他へ行ってしまわれると、痛手ではありませんか?」
葛谷氏
「転職を希望する人だっていますからね。そういう人を送り出す瞬間は、本音では出したくない。でも、それで助かる人や工場、企業があるのなら、使命があると捉え直して出そうと思うんです。転職先で働きながらもうちの仕事を手伝ってくれたり、お客さんを紹介してくれたり、産地のために他の工場も手伝ったりと、社員ではなくなってからも良い関係を続けてもらえる人たちばかり。これでいいんじゃないかなと思っているところです」
木村氏
「人材育成も素晴らしいのですが、これら織機のメンテナンスもみなさんご自分でされるとか。部品もひとつひとつ手入れされていて……。膨大な知識と労力とが必要になりますよね」
葛谷氏
「昭和7年から使っているものですから、修理できる人も少なくなってきています。織機も1台1台クセがあって急に不機嫌になるものも。そういったときに自分たちで対処できるほうが早いですからね」
木村氏
「こんなに部品ひとつひとつにまで気を配られているからこそ、シンプルななかに色っぽさがあるような、他にはない生地ができ上がるんですね。葛利毛織さんの生地はインポートもののような色気があったり、日本らしい奥ゆかしい色・柄だったりして、私は大好きです。この価値が分かる男性に、ぜひ選んでいただきたいですね」
スーツは誰もが知る、とくに男性にとってはおなじみであろう服。年齢を重ねるほど、上に立つ者ほど、自身をあらわすものとして妥協を許されないはず。なぜならそこに、価値感が投影されるからだ。 では、どんな選択基準がいいのかという問いに、「スーツの顔ともいうべき生地にこだわる」という答えをひとつ、出してみたい。新しい時代の価値基準としても注目される、SDGsや地方創生、日本文化の継承といった考え方。そんなところに光を当て、意志をもって取り組む企業が生み出した生地。その価値に共感できる人は、この時代をよりよくしていける人ではないだろうか。
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