その灯りを途絶えさせはしない。新しいアイデアで時代をつなぐ提灯
巨大提灯
空間プロデュース:大谷芳照(YOSHI/アーティスト)
製作:有限会社 安藤商店、協力:愛知工業大学
製作協力:株式会社 井上為吉商店、株式会社 美濃利 柳瀬商店、有限会社 雅創作工房
日本人ならきっと誰もが夏の風物詩として思い描く、提灯。
でも、実際どこで、どんなふうにつくられているのか、説明できる人は少ないと思います。松屋は地方創生の取り組みを続けていますが、今回はあまりに知られていない提灯界に焦点を当てることにしました。岐阜でつくられる提灯とともに、インスタレーション・アートに挑戦します。
岐阜県岐阜市に工房兼店舗を構える『安藤商店』は、1921年に創業した提灯を手がける老舗。岐阜県には清流で名高い長良川があり、材料となる竹や和紙を豊富に産出することから、江戸時代より提灯の製造が盛んに行われてきました。
代表の安藤幸延(こうすけ)さんは、一見厳しそうな雰囲気とは裏腹に人懐っこい笑顔と軽快なお話ぶりで、人に深い愛情をもつ方です。
「うちではお祭りやお盆、お葬式に用いる提灯、それに雛人形と一緒に飾るぼんぼりや神棚の灯籠など、伝統的な灯りのすべてを扱っています。提灯には何人もの職人さんが関わっていて、竹ひごをつくる職人、火袋をつくる職人、絵や文字を描く職人……と、それぞれ分かれてるんですよ。我々はそんな職人さんたちを束ねる棟梁のような存在です」
今回、ご縁があって安藤商店と松屋は大きなプロジェクトに取り組むこととなりました。お題は、安藤社長も驚く3mという巨大な提灯(内張りが無い、丸型の提灯の中では最大級)。
「松屋さんから連絡をいただいたときは、正直なところ“無理、無理!”と思いましたね(笑)。1m50cm、うーん1m80cmくらいまでは経験上なんとかできるけど、3mは想像したこともない規格外のサイズ。どうやって張るんだ? つぎはぎだらけになっちゃうよ、と」
細かいサイズはさておき、大きな提灯は世の中に存在します。ただ、それらの提灯には大概色が塗ってあり、補強のため内側からたくさんの紙が貼りつけられているもの。実は、この通常のつくり方ができない理由がありました。
プロジェクションマッピングです。
3mという巨大提灯の内側にプロジェクターを設置し、提灯の表面にさまざまな映像を映し出そう、というのです。映像を提灯の灯りに見立てたこの技術には、愛知工業大学の水野教授による革新的な技術を用いることとなりました。
「難しい、なんて話じゃないですよ。提灯を大きくするのって、きっとみなさんが考えられているよりずっと複雑な技術が必要なんです。しかも、内側にプロジェクターを入れるなんて……、無茶言うな〜と(笑)。色を塗れればまだマシだけど、映像を映すってことは白く、まっさらな提灯じゃないといけないじゃないですか」
戸惑いと、「やるしかない!」と意を決した際の心境を、笑いながら話す安藤社長。今回の取り組みを、あえて若い職人さんたちにまかせたそうです。
「コロナ禍でお祭りがなくなり、仕事がなくなりました。それは後継者育成ができないということですよ。後継者がいなくなれば文化が途絶えてしまいます。この1年半の間ずっと、若い職人さんたちになにかを手がける機会を与えたかったんだ。そんなときに松屋さんからお話をいただいて。簡単ではないと思いましたが、やるしかないでしょう! 職人も、従業員も、うちの息子たちもやる気満々で成功させるための方法を必死に考えてくれましたから」
提灯の土台となる竹ひごづくりは、竹を切り、割ることから始まります。今回はなにせサイズが規格外のため「自社で手がけよう」ということに。さらに、岐阜県の名産である美濃和紙がサイズ的に使えないという難題も。それは、同じく和紙で有名な高知県のものが最適だとわかりました。こういった柔軟な対応も若い世代の考え方あってこそ、ではないでしょうか。
「竹には節があるでしょう。どんなに丈夫につくったって、時間が経つとそこから折れてくるんですよ。しかも、今回はサイズがでかい。何度も言いますけど、3mを支えるってちょっとありえないんです。だから絆創膏(補強のため内側から貼る紙)が必要なんですよ」
困りながらもどこか楽しそうに話す安藤社長の言葉は、「あとはもう、計算し尽くすしかない。苦労しながら、不安を抱えながら答えを見つけ出すことが大事なんですよ。でもね、こういうことは若い職人の得意分野だからね」と、職人さんたちへの信頼と期待で埋め尽くされていました。
そして、「職人さんはもちろん、安藤商店自身にも後継者育成の必要性がある」と、安藤社長は話します。今回の取り組みの中心となった2人の息子さんたちです。
今の安藤商店を支えている職人さんのほとんどは、安藤社長を慕っている方たち。代がわりの話が出ると、「息子たちと仕事をするかは、別問題」という数々の洗礼もあったそう。
ご長男の安藤安伸さんは現在専務の役を担い、総務や経理関係の経営面で安藤商店を支えています。
「松屋さんからお話をいただいた当初、感謝でいっぱいでしたがその反面、恐怖心もありました。失敗したら会社ごと終わってしまうんじゃないかと……。受けていいものかどうか家族会議をしたくらいですから(苦笑)。でも、うちには職人さんがいっぱいいます。会社の従業員さんを含め、すべてを未来に繋げられる会社にしたいという想いをもち、死ぬ気で取り組もうと決意しました」
もう一方、常務を務めるのは次男の澤田祐也さん。主に営業全般と現場を統括する役を担います。
「この仕事をしていると“伝統工芸ってなくならないから、いい仕事だ”と言われることがありますが、伝統は“なくなりそうだから”指定されていくもの。かといって、国から保護されているわけでもありません。だから、伝統を守りながら、つなぎながら、新しいことも生み出していかなければ途絶えてしまう。そこが大変で、今まさにもがいているところです」
提灯はもともと、人の想いをかたちにしたもの。お盆の提灯は、亡くなった方を偲ぶ想いを込めた贈りものでした。しかし今、提灯という言葉だけは浸透しながらもその存在意義を知る人は少ない。そんな現実に対して「我々業界の責任です」と専務と常務のお2人は話します。人の想いをかたちにすること。それは、安藤社長をはじめ経営陣がもっとも敏感に、大切にしていることです。
「人の心、つながりっていうのはいろんなかたちで表れるんだなと、今回の取り組みで痛感しましたよ。これからどうしていこうか、と悩んでいるときに、松屋さんに“大丈夫だ、行ってこい!”って背中を押してもらえたような気がした。それがしあわせでね。昔、伝統技術を残そうと海外に目を向けたこともありましたが、心が違うんです。それは優劣の話ではなくて、文化の違い。人の心は文化で養われるんですよ。だから、安易に文化を絶やしてはいけないんです」
安藤社長は、提灯づくりのほかにさまざまな商品、ビジネスを手がけています。そのひとつが、近所にオープンしたカフェ&ギャラリー。
紙を保存する蔵だった建物をリノベーションした、味わい深く居心地のいい空間です。
このような安藤社長の行動力に、専務と常務のお2人は「敵わない」と口をそろえます。
「あるとき、社長と初めて仕事の話をしたんです。伝統を背負うという重圧になんとか耐えていた当時、“お前らは、お前らのやり方でやればいい”と。肩の力が抜けましたね。あぁ、親父と同じやり方で、親父を越えようとしなくていいんだ、と」
澤田常務の言葉に、安藤専務も続きます。
「商品が広く浸透し、受け入れられるためには、技術と知識、経験、そして情熱のすべてが必要です。でも私たちは、まだまだ提灯の知識さえも生かしきれていない。だから、もっと外部の人と関わって情熱を高めていきたい。今後の提灯の未来に絶対つながると信じて、そこだけはまっすぐいこう、と常務と2人で話し合いました」
伝統は、心であり、想いである。
文化を背負って積み重ねた伝統が根を張るのは、やはりそれが育った国。1度なくしてしまえば、元に戻せるとは限らないもの。だから、守りながらも進化していくことが求められるのです。
まだまだ、提灯の新しい扉は開きかけたばかり。ほんの少しですがそのきっかけとなった、提灯と革新的技術とを融合させるという松屋銀座での取り組み。2021年に生まれた未来へ向かう提灯を、とくとご堪能ください。