-松屋銀座開店100年- 銀座三丁目 百年物語 第3話

おかげさまで2025年、松屋銀座は開店100周年を迎えます。 本連載では、銀座三丁目で繰り広げられた、松屋ならではのあれこれを振り返りつつ、「松屋らしさ」を紐解いてまいります。
中央ホール

松屋銀座の建物で最もシンボリックな場所といえば、中央ホールの吹き抜け空間ではないでしょうか。そもそも古典的な百貨店には吹き抜けがつきものでした。世界最初の百貨店であるパリの「ボン・マルシェ」にも、日本初の百貨店である「日本橋三越本店」にも、立派な吹き抜け空間が備わり、店に開放感を与えています。

開店当時:1925(大正14)年

本連載の第1話でも触れたように、松屋呉服店の銀座店は大正年間にもともとオフィスビルとして建設が始まっていた「銀座ビルディング」を百貨店用に設計変更したのですが、その最大の変更点がこの中央ホールでした。

施工を担当した木田組の木田保造は海外視察を重ね、その結果、ステンドグラスの円形天井と白黒大理石・市松模様の1階フロアをもつ、この吹き抜けのホールが生まれたのです。

木田保造は、日本橋にあった「白木屋」や函館の「丸井今井」の設計者でもありました。 その後、中央ホールに大きな変化が現れたのは1956(昭和31)年9月のこと。乗りながらホールを見下ろせる空中エスカレーター「スカイ・リボン」が1~4階間で完成したのです(5~7階は翌年3月完成)。

この愛称は、12,063通にもおよぶ公募の中から決まったものです。

空中エスカレーター「スカイリボン」: 1956(昭和31) 年

1959~63(昭和34~38)年にかけて中央ホールで全10回開催された「空間造形シリーズ」には、岡本太郎、亀倉雄策、藤城清治らアーティストやデザイナーが参加し、後のパブリック・アートやインスタレーションのさきがけと言えるものでした。同シリーズの第2弾は、1969(昭和44)年1~12月に全8回が展示され、中央ホールの巨大ちょうちんやセスナ機、ヨットなどが大きな話題を呼びました。 また1962(昭和37)年の映画『銀座の恋の物語』では、中央ホール脇の階段踊り場に、ヒロインの浅丘ルリ子がデパートのアナウンス係として働く店内放送室がある設定です(映画の嘘)。同作には、主人公の石原裕次郎がこの階段を駆け降りるシーンもあります。

 

昭和が平成に代わった1989(平成元)年、松屋創業120周年を機に全館の大リニューアルを行った際、それまで各フロアと空間的につながっていた中央ホールは、エスカレーター側以外を壁面+ガラス窓とした構造になりました。名称も「スペース・オブ・ギンザ(SOG)」となり、今日に至っています。

そして時は過ぎ、2017(平成29)年に耐震補強と合わせたリニューアルが行われ、SOGは全面改装に。CIカラーである「白」に満たされたシンプルで美しい空間が出現しました。また耐震用の鉄骨を入れた関係で、以前より一回り狭い敷地となりました。

この場所を使った名物催事に、「百傘会(ひゃくさんかい)」や「クリスマス」などがあります。

名物催事「百傘会」:写真は1992(平成4)年

現在:2017(平成29)年リニューアル

傘、クリスマスツリー、サンタクロースのねぶた、椅子、客船、ジェット機、松の木、黄金の龍、水着のマネキン、銀色の星々・・・百年の歴史の中で、さまざまなアイテムがこの空間を彩ってきました。7フロアを貫く高さ25mの吹き抜け空間は、これからも松屋銀座のシンボルとして愛され続けていくことでしょう。

書き手:田代 健

松屋グループの東京ファッション専門学校校長。松屋を中心に、当グループ一筋40余年のキャリアを持ち、これまでに「松屋150年史」の副編集長などを務める。

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