とらやの「和菓子の贈りもの」展に行ってきました。

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第76回 歴史秘話20 「和菓子の贈りもの」展
2013年11月1日(金)~11月30日(土)
場所:菓子資料室 虎屋文庫(東京都港区赤坂)

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虎屋の東京本店がある赤坂では、年に何回が和菓子関連の展示を開催しています。
虎屋には昭和48年に創設された「虎屋文庫」があり、虎屋歴代の古文書や古器物を収蔵するほか和菓子に関する史資料収集調査研究活動などを行なっています。こちらが中心となって、「虎屋ギャラリー」で年に1~2回、和菓子関連の展示を開催するのです。


私は毎回とても楽しみにしていて、今回のテーマは「和菓子の贈りもの」展です。今日は、この素晴らしい展示私をなりにご紹介させていただきたいと思います。

わくわくしながら入場しました。会場はすごく広いわけではなく、一人でゆっくり見て回るのに適度な大きさです。
毎回思うのですが、復刻品やそれを作る過程を収めた写真やビデオの数々、とても完成度が高く、一ヶ月しか展示をしないのはほんとにもったいないなあっと思ってしまいます。

さて、和菓子が贈り物として使われるようになった歴史は古く、平安時代にはすでに上巳(後の雛節句)の草餅や端午の粽といった行事菓子の贈答が見られたそうです。
といっても貴族社会の一部で、盛んになったのは江戸時代になってからといわれています。
背景には当時貴重だった砂糖の流通量の増加と、社会の安定があり、菓子の種類も増加しました。大名や公家の贈答には上菓子といわれる、趣向を凝らした特別な菓子、また下級武士や町人、農民にとっても身近なものとなり、年中行事や人生儀礼にともなう贈答をはじめ、手土産、見舞いにも羊羹や煎餅のような菓子が使われるようになり現代の菓子の贈答の基盤ができたといえるようです。
歴史に名を連ねる人物のエピソードや、贈られた菓子、儀礼や行事、贈答の記録などを注目してご紹介しているのがこの「和菓子の贈りもの」です。


全体は「人物」「菓子」「こぼれ話」で構成されており、それぞれ印象に残った部分をご紹介いたします。

 

「人物」
・ハリスを魅了した四段重の豪華な菓子
初代米国総領事のタウンゼント・ハリスが安政四年に江戸に到着したとき、一行は丁重に迎えられ、翌日将軍から宿所に菓子が届けられました。
干菓子、蒸菓子、有平糖(飴の一種)落雁、羊羹、饅頭などが豪華に大きな重箱にびっしり詰められ、ハリスはこの異国の菓子の美しさや高度な技術を米国に送れない事を残念に思うと記しているそうです。ほかにも外交使節に豪華な菓子が贈られた例があり、対外交渉では、異国人の接待に、菓子が重要視されていたのは間違いないと思われます。


・儒学者頼山陽の親孝行
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儒学者である頼山陽(らいさんよう)は親を思い、遠方に暮らす母へのせめてもの孝行として菓子をことあるごとに贈っていた。ある時には、蒸し器を添えてお饅頭を届けた。硬くなったお饅頭は焼いただけでは風味が落ちるため、との気遣いですが、なんとも重要な贈り物であったことが伺えます。


・清少納言
清少納言の「枕草子」によると、仲の良かった藤原行成から、非常にめずらしい「餅談」(へいだん)という菓子をいただいてとても喜んだという記述が残っています。

 

・皇女和宮
幕府と朝廷の融和策の一環として結婚した十四代将軍家茂と和宮親子内親王は仲睦まじく、その後京都と江戸に分かれても、手紙と菓子を贈りあっていたという。甘い物の贈答は、さらに二人の絆を深めたことでしょう。

 

「菓子」
・今も昔も進物に砂糖
甘い菓子は相手に喜ばれる進物として昔から使われてきましたが、原料である砂糖そのものも古くから贈答品として使われてきました。私が子供の頃も、結婚式に呼ばれた父がいただいてくるのは、いつもお砂糖とお菓子でした。
今ではギフトの多様化によってだいぶ少なくなりましたが、出産の内祝に、名前や日付を印字した角砂糖の詰め合わせなどは定番ですよね。


・シャムの皇太子も絶賛した匠の工芸菓子
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日本の工芸菓子は本当に素晴しく、世界に誇れる伝統技術だと思います。
明治36年、京都に滞在したシャム(現タイ)の皇太子に花の工芸菓子が献上され、とても感動して、実演を見学までしたそうです。現在でも受け継がれている工芸菓子は、簡単に作れるものではありません。ホンモノと見間違えるほどの精巧さは卓越した技術が必要です。
4年に一度、和菓子の博覧会というのがあります。(今年は広島で開催され大盛況でした)そこでは全国から、選ばれた職人達の技術による工芸菓子が一同に体育館位の広さに並び、圧巻です。和菓子好きの方はぜひ見ていただきたいですね。次は4年後ですが・・・

 

「こぼれ話」
・大奥に集まる巨大な鏡餅
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(写真左)
「御献上物軌式」(吉田コレクション)より

元旦の未明、組上げると高さが約1.5mにもなる鏡餅が江戸城に届けられました。
巨大な鏡餅の贈り手は尾張徳川家をはじめ、将軍の親族にあたる大名家の党首や夫人、などの家族に限られていました。破格の規模は天下を治める将軍ならではの家ならではでしょう。

 

・菓子を配る 将軍から大名、大名から家臣
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嘉定(かじょう)は六月十六日に菓子を食べて厄除け招福を願う行事で、幕府や朝廷のほか民間でも見られた。現在の「和菓子の日」の起源である。当初は宴に菓子が出される程度だったが、そのうち江戸城の大広間に勢ぞろいした大名に将軍が菓子を配る形式が整えられた。将軍と大名はこの行為を通してお互いの主従関係を確認したといわれています。

 

・描いて食べた四半世紀の記録
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「目食帖」(もくしきじょう)という写生帖があります。明治42年から昭和9年の25年に渡り日本画家斎藤松州(さいとうしょうしゅう)が、日々の頂き物の食品をスケッチしたものでなんと65冊に及びます。描かれた数は1万点近いそうで、それを読んだとき、思わずのけぞってしまいました。軽やかな筆さばきで描かれた全国の名産、名物は美しく、季節感あふれるものも多いです。菓子も多く描かれており、八ツ橋やのし梅の地方銘菓、柏餅や千歳あめなどもありました。味の感想などもあり、よほど食べることが大好きだったのでしょう。裏付けるように、松州は、これだけの品をほとんどおすそ分けしなかったそうです。なぜなら、スケッチするだけでなく、自ら食べることで彼にとっての贈答は「完結」したのかもしれないと、虎屋文庫は締めくくっていました。素晴しい解釈ですね。描かれた絵がスライドショーで紹介されていて、色がついていたのも驚きましたが、本当に繊細に描かれていて、お店の名前が書かれているものもあり、これは菓子屋の歴史を知る上でとても貴重な資料だと思いました。

 

この展示を通して、あらためて「菓子」の力を知った気がします。長い歴史と、世の中の状況と、日本人の豊かな心が育んだ、歳時記や行事を盛り上げる気持ちが、菓子という形となって今に至るのですね。砂糖の貴重だった時代があって、甘い菓子が貴重になり、権力のある人達しか口に出来なかった和菓子は庶民の憧れだったことでしょう。庶民の人生の中での大切な行事(誕生、節句、七五三、成人式など)や生活の中での大切な行事(お正月、彼岸、お盆など)に必ず欠かせない和菓子の意味があらためてわかりました。

ヨーロッパでもお正月に食べる「ガレットデロワ」やクリスマスに食べる「シュトーレン」などの伝統菓子はありますが、これほどの種類や背景はないと思います。

 

今回も拝見させていただいて、またまた勉強になりました。
ただ事実の列挙だけではなく、こぼれ話や現物の再現などでさらに心がぐっと捕まれました。

これを完成させるのに、虎屋文庫の気の遠くなるような調査と制作はどれだけ大変なことかと思います。
大変でしょうが、これは虎屋しか出来ない偉業だと思います。これからも続けていただき我々を楽しませてください。
業界の方々よりも、ぜひ一般の方々に見ていただき、和菓子に興味を持っていただけたらこの上なく喜ばしいことです。
「和菓子」という日本人が世界に誇れる「文化」を絶えることなく、さらに発展させて継承していくことが和菓子に携わった我々の務めではないかと改めて思いました。

 

参照:歴史秘話20「和菓子の贈りもの」展 虎屋文庫
※ギャラリー内の画像は虎屋文庫提供です。

菓子資料室 虎屋文庫
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