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Vol.25 ミキモト ~中西伸一氏

2015年7月8日更新

御影の瀟洒な銀座4丁目ビル、モダンな意匠で目をひく銀座2丁目ビルと、長く銀座のランドマークであり続けてきたミキモト。1893(明治26)年、世界で初めて真珠の養殖に成功し、以来、世界中の女性が憧れるトップジュエリーブランドの座にある。100年以上にわたる軌跡と銀座への想い、そして未来への展望を、取締役本店長の中西伸一氏に語っていただいた。

最高品質のパールを、銀座から世界へ

──ミキモトさんは1899(明治32)年、日本で初めての真珠専門店「御木本真珠店」を銀座に開設されました。

創業者・御木本幸吉は「世界中の女性を真珠で飾りたい」という大きな夢を持っていました。あの食うや食わずの時代に、真珠が商売になるという発想もさることながら、三重県から東京・銀座という一等地に赴き、店を構えた先見性も素晴らしいと思います。当時は蒸気機関車ですからね。東京に出てくるだけで、ものすごく苦労したはずです(笑)。相当の野心家であり、チャレンジ精神旺盛な人物だったことが窺えます。

──日本からヨーロッパに職人を送り込み、ジュエリーデザインの勉強をさせたのだとか。

ええ。廃刀令が発布され、日本刀の装剣金具職人が職を失ってしまい、その技術を持てあましていました。御木本幸吉は彼らをパリなどに派遣し、デザインやジュエリー製作の勉強をさせた後、日本に戻し、ミキモトの装身具工場を作ったんです。実は日本は、800年もの間ジュエリー文化がなかったという、世界でも稀有な国です。縄文時代には勾玉などがありましたが、それ以降、ネックレスやリングなどは登場しなかったんですね。日本の宝飾産業の礎を築いたのが、ミキモトと言えるのです。

──ミキモト製品は、そのクオリティの高さで世界中から支持されています。

ミキモトは、素材に関して一段厳しい選別をしている、と胸を張って言えます。真珠に、これ以上の選別をしているところはないと思いますね。色、形、光沢、キズなど、基本的なところはもちろん、隣り合う真珠同士が輝きを醸し出すようにするマッチングにも、入念な作業が繰り返されます。そうすることで、角度や位置によって微妙に生じる差異を見逃しません。真珠同士が見事なハーモニーを奏で、最高ランクのジュエリーが生まれるのです。
ファンの方から「ミキモトの商品はきれいですね」とのお言葉をよくいただきますが、それだけの理由があると自負しております。

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