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Vol.24 月光荘画材店 ~日比ななせ氏

2014年8月27日更新

「月光荘おやじ」が職人と共に作り上げたオリジナル製品

──「月光荘」の商品は、絵の具や筆、パレットなど全てが自社のオリジナル製品です。お父様は相当苦労されたのではないでしょうか?

画家とは親しくても画材の専門家ではなかったですからね。何を作るにも一から自分で研究し、職人と一緒に開発していったのです。ベッドの横にはボロボロになったメモ帳が置いてありました。夢でアイデアが浮かんだら、忘れないうちに書き止めておくような人だったのです。いいものを作ることだけを考えていたので、職人に対しては厳しかった。私は父が職人と言いあう姿をよく見ましたが、その度に後で母が皆さんにお酒を振る舞っていました。父は「月光荘」と一体化したような人でしたが、それができたのは母が影から支えていたからでしょうね。

──職人との共同作業から、画期的な製品が次々と開発されました。

1940年に、世界の標準色となっているルリの青「コバルトブルー」を日本国内で製造する方法を見いだし、純国産第一号の絵の具を世に送り出しました。その後に作ったのが、新色の「コバルト・バイオレット・ピンク」。父の情熱が込められた独特の色で、昔から「月光荘ピンク」と呼ばれています。この絵の具は1971年の「世界油絵具コンクール」で1位に選ばれ、フランスの新聞「ル・モンド」から「フランス以外の国で生まれた奇跡」と賞されました。絵の具以外にも、視覚を惑わす色軸や金文字を一切使っていない白木軸の筆、蓋の部分を水彩・油彩兼用のパレットとして使えるアルミ製の画箱、縦横比率に黄金比を採用したスケッチブックなど、父が作った製品は数え切れません。そして全ての自社製品に付けているのがホルンマーク。あれは父の誇り、そして製品に対する自信の証なのです。

──お父様は商売人であり、発明家でもあったのですね。

商売人というより、アート感覚に優れた職人気質の人でした。自分が作った画材には絶対の自信を持っているから、宣伝は一切しない。いいものを作れば自然にお客はつき、評判が伝わって商品は売れるという考えだったのです。使いもしないのに批判的な事を言うお客に対しては、「二度と来るな!」と一喝していました。普通なら怒られた人は二度と来ないのでしょうが、不思議なことにまたお店にやって来るのです。父もまた、そういう人を喜んで受け入れていました。あだ名は「月光荘おやじ」。自分でもそう言っていましたね。父は若い画家の支援にも力を入れていて、発表の場として複数のギャラリーを開設したほか、新人の登竜門となるコンクールを開催していました。かつて胸を躍らせながらサロンに出入りしていた青年は、いつしかサロンの中心人物になっていたのです。

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