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Vol.18 銀座 与板屋 ~原信司氏

2012年10月10日更新

外ブランドのビルが並び立つ銀座のメインストリート。和装履物店「銀座 与板屋」は、そんな華やかな街並みの一画にある。創業は明治10年。老舗の看板を守る5代目の店主・原 信司氏は、履物を通して“粋”を表現し、自ら店頭で花緒をすげる。40歳になったばかりの若旦那に、履物商売の魅力や奥深さ、社長業と並んで力を入れている「銀実会」の活動について語っていただいた。

体に備わった肌感覚が「粋であること」を教える

──与板屋さんは今年で135年目を迎えます。原社長は、店舗があるこの地で生まれ育ったとか。

私が3歳の頃に今のビルを建てたのですが、それまでは木造の3階建てだったんですよ。1階が店舗で、その頃までは家族と従業員が上の階に住んでいました。今は豊洲や東雲が開発されて人も増えましたが、当時でも銀座の街中に住んでいる家族は珍しかったですね。私は泰明小学校に通っていましたので、学校帰りによく店に寄りましたが、ランドセルを背負ってると、観光に来た外国人に写真を撮られました(笑)。でも店や街の記憶はあまりないですね。鮮明に覚えているのは、近くにオープンしたばかりのサーティワンで食べるアイスクリーム。子供にとっては最高のご馳走でした。

──入社されたのは29歳の時ですね。何かきっかけがあったのですか?

学校を出て7年間は食品メーカーで働いていました。親も店を継げとは言わなかったですしね。でも、私自身が商売をやりたいとずっと思っていました。会社で営業の仕事をしながらも、自分は「いらっしゃいませ」を言いたいんだと気がついた。それで、自分から店を継ぐと決めたのです。口には出しませんでしたが、親は喜んでいたでしょうね。実は、大人になってからは草履を履いたこともなかったんですけど(笑)。それまでのキャリアを潔く捨てたんですから、もう何があっても大丈夫。そんな心境での再スタートでした。

──長い伝統を引き継ぐ手仕事を覚えるのは大変だったのでは?

仕事をしているうちに、自分の中に与板屋らしさがあることに気がつきました。言葉にするのは難しいのですが、強いて言えば生まれつき自分の体に備わっている“肌感覚”のようなもの。それを一番強く感じるのは商品を作っている時ですね。花緒と台の組み合わせは無限にあるのですが、「これは与板屋らしい」と感じる瞬間があるんですよ。店も商品もサービスも「粋であること」を目指していて、言い換えればそれが与板屋らしさなのかもしれません。粋は感覚的なものですから、全く通じないこともある。私は10人のうち1人のお客様に理解されればいいと思っています。

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