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Vol.17 清月堂本店 ~水原康晴氏

2012年8月15日更新

(あん)に卵黄を混ぜた黄身しぐれは、日本人に愛されている和菓子のひとつ。中でも有名なのが、銀座7丁目に店を構える「清月堂本店」の「おとし文」だろう。その特徴は、黄身餡とこし餡の調和から生まれる絶妙な餡の味わい。ほろほろとした口どけは、商品名に通じる切ない恋心を連想させる。4代目の主・水原康晴氏は伝統を守りつつ、時代を見据えたオリジナル商品の開発に力を注ぐ。

初代より伝わる心得──先代に甘えることなく、自分のお菓子をつくること

──清月堂さんが創業されたのは、今から105年前の明治40年。銀座発祥の和菓子店では最も古いお店だと伺いました。

もっと長い歴史を持つ和菓子店はたくさんありますが、銀座で創業し、銀座で営業を続けてきた店という意味では最古になります。今は9階建てのビルになっていますが、昔は3階建ての木造家屋で、地下に工場がありました。私は青山で育ったのですが、店には祖母や叔母が住んでいました。子供のころは店に行くのではなく、祖母に会いにいくという感覚でしたね。でもなじみがあったのは、通学途上にある渋谷東横のれん街の支店。小学校の下校途中に寄っては、こっそり水ようかんやくず餡を分けてもらっていました。後で店長に怒られましたけどね(笑)。和菓子屋の息子ですから生活の中に和菓子があることは当たり前なのですが、今思うとなかなかシブイ感覚の子供でした(笑)。

──次男だった水原社長は当初、お店を継ぐつもりがなかったとか。

3代目にあたる父からは、次男なのだから好きな道へ進みなさいと言われていました。いろいろな国を見てみたいという気持ちもあり、大学卒業後は商社に勤めたんです。しかし、あるきっかけで父から一緒に店を手伝ってくれと言われたため、清月堂に入りました。29歳の時でした。最初は商社時代にも経験した営業の仕事でしたから、さほど苦労はなかったのですが、8年前に社長になってからが大変でした。というのも、清月堂には「一代一菓。店主はそれぞれの代で店の顔になるような和菓子をつくること」という、家訓に近い心得があるからなんです。これはつまり、先代がつくった商品に甘えることなく、時代に合った和菓子をつくれという意味。初代と2代目は得意分野を伸ばしましたし、父は「おとし文」という看板商品をつくりました。祖父や父は生粋の和菓子職人でしたが、私は職人肌ではありません。プレッシャーは想像以上に大きかったですね。

──水原社長も「よもの峰」というオリジナルの焼き菓子を考案されています。これはどのような商品ですか?

粒餡を使った大きめのお菓子がなかったので、焼き菓子でチャレンジしてみようと考えました。つくったのは5年前。小倉餡をしっとりとした生地で包んで焼き上げ、仕上げにまろやかな風味の和三盆糖をかけました。生地にバターを使っているので、販売は9月から2月に限定させていただいています。ただ「おとし文」に並ぶ商品ともなれば、通年販売できることが必須条件。看板商品の開発は、今も私にとって最大の課題です。

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